大賀郷小学校の歴史

・明治10年 3月31日 大賀郷地区大里の、宗福寺で開校。
 初代校長は、京都見廻組に所属し、坂本龍馬暗殺に関わったとされる、今井信郎(のぶお)と言われている。今井は八丈島の教育に力を注ぎました。(詳細はこのホームページを参照。)

・明治36年 3月13日 現在地に校舎移転。 

 
大正12年頃の正門から校舎を写した貴重な一枚。
正門横のガジュマルは、今もそびえたっています。

 
昭和元年の学芸会での記念写真です。
凛々しい若武者や神主?の格好をした人が写っています。


昭和10年頃、大賀郷小学校でも、軍事教練が行われていたようです。
ほふく前進をして進み、的を狙っているように見えます。
八丈島は、実際に戦場にはなりませんでしたが、今でも島内には防空壕跡や、トーチカ跡、
人間魚雷回天を格納していた洞窟など、たくさんの戦跡が残されています。

・昭和16年 4月 1日 国民学校となる。


昭和16年の授業の様子。当時は今より子供が多かったのでしょう。

・昭和22年 4月 1日 新学制で小学校となる。


昭和27年頃の校舎。後ろに八丈富士がくっきりと写っています。
この後校舎が改築されますが、昭和50年の台風で大破してしまいます。


昭和32年の運動会の開会式の様子。

・昭和42年 3月13日 校歌決定。


昭和42年の卒業式の記念写真。
この頃は6年生だけで、100人近くの児童がいたのでしょう。

・昭和50年10月 5日 台風13号により校舎大破。


台風で大破する前の校舎。八丈島全体でも大きな被害が出ました。


当時の校舎や校庭の空撮写真。今と違って、L字型の校舎だったことがよくわかります。


永郷分校は昭和50年頃から大賀郷小学校に合併していきました。

・昭和51年12月26日 現校舎完成

・昭和52年 3月18日 創立100周年記念式典挙行


創立100周年の時の記念碑。ガジュマルの木の向かい側にあります。

・昭和53年 3月31日 プール完成


写真上の方に、完成したプールが見えます。
今とほぼかわらない形になりましたが、写真右側の今の小校庭の辺りには、まだ建物があることがわかります。

・昭和59年 3月     校旗・校章制定
・昭和62年 3月13日 創立110周年記念式典
・平成 7年 6月27日 通級指導学級階級
・平成 9年 1月31日 体育館完成
・平成 9年 3月 1日 創立120周年・新体育館落成
・平成10年10月12日 パソコンルーム設置


今と同じ赤い屋根がきれいな体育館ができたころの写真です。

・平成13年 8月31日 校庭改修
・平成15年 6月    プール塗装工事終了
・平成18年 3月    校舎屋上改修工事
・平成18年10月    ブランコ設置
・平成20年 1月31日 校舎耐震工事終了
・平成21年 2月20日 八丈町教育研究奨励校発表
・平成21年度〜23年度 東京都スポーツ教育推進校
・平成24年 4月    特別支援学級(肢体不自由児)開設
・平成24年       校庭芝生化・エレベーター工事終了
・平成26年度〜27年度 八丈町教育研究指定校
・平成26年11月12日 八丈町教育研究指定校中間発表


平成24年から校庭は芝の緑で覆われています。
水やりや、雑草抜き、芝刈りなど、維持は大変ですが、皆さんのご協力のおかげで、
今では大賀郷小学校のシンボルになりました。


正門入ってすぐのガジュマルは、子供たちをずっと見守ってきました。
このガジュマルの木の下から、何人もの卒業生が巣立っていきました。
今でもガジュマルの周りでは、元気に遊ぶ子供たちの笑い声が絶えません。


平成27年8月の大賀郷小学校。

これからも八丈島の人々にとって、心のふるさとでありつづけるでしょう。